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空気を読んで空気のような人間になる

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ども。いしざわよしのりです。
今日は、マイクロソフト日本法人の元社長 成毛眞さんの書籍をご紹介。
その書名は、『大人げない大人になれ


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のっけから引用します。しかも引用の引用まであって、アレなかんじですが、興味がわいたので、ご紹介。


 私にとって「空気」を読んでばかりいる人は、いてもいなくても大差のない、存在感のない人である。他人の顔色ばかり窺う。納得もせず、その場の流れに任せて自らの考えを曲げる。そのような人からは、新たな気づきも得られることはなく、建設的な議論も期待できない。自分を肯定してくれる存在は心地よいかもしれないが、長い目で見れば、付き合うことに価値があるとは思われないのである。

この↑文章を読んだとき、思ったんです。

「自分は他人と一緒にいて、何をする・成し遂げるべきだろう?」と。
空気を読んで、空気のような存在になるならば、それはもはや多数決の頭数にしかならない、とも書かれてました。たしかに。

組織とか、何かしらのコミュニティにいる限りは、なにか自分だけが発揮できる価値がないと、それはただCO2を吐き出す生命体でしかないわけで。

と考えると、気を使って迎合したり、何も言わなかったりするよりは、「こういう考えはどうでしょうか?」とかいう示唆くらいはアリだと思うんです。

言うだけタダですから。(ま、あんまり的外れだと、頭がヨワい人だと思われるリスクはありますがね・・・)

むしろ、尖ったことを言い、それに対するリアクション(論理的に弱い部分や不足している部分に対する
ツッコミ)がフィードバックになって、ならばこうしましょうとか、代案はコレだよね、とか次に進めるようになるわけですね。

それがもし、他の人に対する気づきにつながるとしたら、価値につながるかもしれない。

このヒット率を上げるためにも、流されるんではなく主体的に考え、体験し、
それを自分視点だけでなく別な視点からも解釈して、
アウトプットし続けるってことが必要なんではないでしょうか?


そもそも、アウトプットに対する他人からのリアクションを恐れない。リアクションを受け止める姿勢が必要なのかなと。

空気を読んで消極的になるってことは、自分が行うアウトプットに責任をもてないってこと。

じゃ、たくさんインプットして、とりあえずでもいいからそれをアウトプットしてみて、
それに対するツッコミを受け入れて(これもインプット)、じゃ、こうなんじゃないかともう一回考えてみる。

そんなふうに成長していけるんじゃないかなと思うわけです。


そういえば、同じテーマに関して、こんなこともかかれてました。

「空気」に関する研究としては、『日本人とユダヤ人』(山本書店)の著者として有名な、山本七平の『「空気」の研究』(文春文庫)がある。山本によると、「空気」による支配が日本人の間で猛威を振るいだしたのは、近代進行期であるとされている。徳川時代と明治初期には、少なくとも指導者には、「空気」に支配されることを恥と考える一面もあったという。人間とは、「空気」に支配されてはならない存在であるという考えが、確かにあったのだ。

なんとなく自分の思い込みだったのかもしれませんけど、昔の人ってもっと空気を読みまくっていたのかなと思ってたんですが、そうじゃない。この空気を読むという空気も、作られたものだったのかもしれませんね。

そういう意味で言うと、昨年末までやってたNHKドラマ『坂の上の雲』では、主人公たちが、自分で学び、そこから自分のあり方を探りながら、行動を吐き出していった姿が描かれていました。
誰かを気遣うことはあっても、迎合はしない。
それぞれが、それぞれにやりたいことを学び、実践していった。そんなバイタリティあふれる物語だった気がします。
(第二部が2010年12月開始ってどーいうことだよと思いましたがね)。


久々のエントリでこんなことを書いてみましたが。
少なくとも、自分は空気みたいな人間になるよりは、小さくても人に何か痕跡とか影響を与えられる人になりたいですね。

そっちの方がオモシロそうですし。

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コメント

勉強になりました。
同様に会社からバチが当たると言われた事の原因と結果、問題を避けるべき対応をちゃんと判っていればいいんですね。
そんな感じで本当はバチ、天罰の真意を考え、そして対応するのが重要なんですね。

投稿者 8357 : 2010年02月19日 23:37

いつも勉強させていただいてます。
石澤さんの視点を変えた見方のお話がわかりやすくてイイですね。今回のテーマで先日読んだ記事を思い出しました。
マクドナルドの藤田社長の言
「ディスカッションをして、相手と自分の意見とは違う所にBestwayがあるのでは」
個人的には空気を云々というより、私たちは言葉に出さなければ言わないのと同じな訳で。自分が傷つくことを恐れて表現しないより、表現したことから得られる学びの方が大きいのでは~と思ってます。
え~いつも言わなくてもいいことまで口に出してしまいますが・・・
これからも頑張ってください。

投稿者 日本橋2丁目 : 2010年04月01日 21:26

8357さん!
2月にコメントいただいていたのですね!!
カンペキに見逃してました~。

確かに、言うには言う側の責任もあります。
相手の反応を受け入れるということは、その責任も含まれるということなんですよね。
いい反応であれ、悪い反応であれ。

投稿者 いしざわよしのり : 2010年04月06日 15:35

日本橋二丁目さん!

コメントありがとうございます。
たまに説教くさくなると批判の的の当ブログを読んでくださっているなんて(涙
確かに、言葉に出さない=自分を守りたい?否定されたくない?などなど、言わないメリット?みたいなものもありそうですが、「Bestwayって何?」という課題に直面したときは、言わないと始まらないですよね?
私も「口は災いのもと」とは思いながらついつい話出してしまう凡庸な人間ですが、これからもお付き合い、宜しくお願いします。

投稿者 いしざわよしのり : 2010年04月06日 15:46

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