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ニーズのギャップ、発見。

昨日は歯科医院経営の側面から、来院頻度の向上ってテーマで話しました。


じゃ、今度は患者さんのキモチを見てみましょう。


「歯医者=痛くなったときに行く」と考えている人がほとんどだと思いますが、
それはもうちょっと深読みすると、

「歯のことなんて、痛くなるまで考えたくもない」んだと思います。


だからたぶん、患者さんはこんなことを考えているはずです。


「もし予防法があるなら知りたい。」
とか、
「月に1回行くことで、心地よく予防できるなら行きたい!!」
とか。


いません?
「毎月来て良いですか?」という患者さん。


おそらくですけど、患者サイドと歯科医院サイドで、
ニーズのありかにギャップがあるんですよね。


基本的に患者さんは、

「歯のことで思い悩むなんていやだなぁ。
悩むよりは、“これでオッケー”って思いながら毎日生活したい。
そう思えるなら、毎月でも診てもらいたい」

と思っているはず。

じゃ、歯科医院は?
「悪くなったら治してあげます。」
「悪くなってないかどうか、診てあげます」

いやいやいや。
もし、初診のとき、「痛いところ治してください」という主訴で来たとしても、
ホントは「治療」を望んでいるのではなく、
「痛みとサヨナラして、またいつもの平和な日常を送りたい」
と思っているはず。


患者さんは、「悪くなりたくない」と思っているのに、
歯科医院側は、(結果的に)「悪くなるのが前提」ということで話が進んでいる。

本来ならば、「悪くならない方法を教える、もし悪くなってたとしても早急に施術する」というのが、
この患者ニーズにマッチしているのですが、あんまりそういう風に思われていないみたいなんですよね。

ここに、「増収」のマーケットがありそうですけど。


ちなみに、私の大好きな先生が言ってました。

「“予防”がもっとも優れた治療である」と。

もちろん、この先生は最先端の治療に取り組み、自分でも開発している先生です。
(当然SurgiTelユーザー!!)
そんな先生がこんなふうに話すんですね。

そりゃ、悪くなったときはしょうがないです。
でも、その前に打てる手があることを歯科医院は知っている。示すことができる。
時間がないからできないとか言ってる場合じゃなく、
患者さんはそれを望んでるんですよ。

しかも、増患・単価増を狙うのと同じレベルで効果がありそうですよ、という話でした。

以上。

増患・単価アップのほかに、やることありますよ。

ども。いしざわよしのりです。


いまさら?ですが、歯科医院経営を「ビジネス」だととらえない人はいないはず。

という前提で今日のエントリを書きます。
(もし、「医院経営は慈善事業なのだ!!」とお考えのかたは、この先は読まないほうが良いです)


以前から「歯科医院経営セミナー」なるものが、いろんな地方で開催されてますね。
すばらしいものから、あやしいものまでさまざまですが(汗)


で、よく言われるのが、
「増患→増益」

もしくは、
「自費治療による単価アップ→増益」

なるほど。話はわかります。


でも、もう一個大事な要素があるんですけど、
あまり耳にしない要素がこれ。

「来院頻度の向上」

どうして誰もこのことをいわないんでしょうかね?
別に悪くなってから行かなくても、治療じゃなくても、
予防するってことで行ってもいいわけですよね?

しかも、収益面からいうと、3ヶ月に一回来てくれるより、
月に一回来てくれたほうがいいわけですよね?

しかも、月に一回来てくれる人がもし100人いたら、
「じゃ来月の予測可能な収益基盤は○○万円」って予測もつきますよね?
なんでこれをしないんだろうかと。


あ。もしかしたら、保険のせいですか。
保険で予防しても収益につながらないとか・・・。

でも、もし自費の予防でも、一生自分の歯が守られるなら、払いますけど。


ちなみに。

普通?男の人なら美容院とか床屋に月イチで行きますよね?
もし、私が2ヶ月間、ヘアカットせずにアタマを放置したら、タイヘンなことになります。
かなりもっさい感じになります。外を出歩けません。
そんだけ放置したら相当イケテナイ自分になるので、行きますよ。月に一回は。


お口の健康は別物なんでしょうか?


いやいや。これって歯でも同じだと思うんです。
「3ヶ月に一回でOK」って言われると、それで安心って思ってしまいますが、
「一ヶ月に一回のほうが、もっと安心できる」って言われたら、そうする人も出てきます。


ただの定期健診に大事なお金を払うのはアレですけど、
【自分の平和な生活を守ってくれる定期健診】なら、払うはずですけどね。


しかも毎月来てくれたほうが、プロフェッショナルケアができて、来院効果も高い。
お口の状態も、高頻度で把握できる。いいことだらけです。
(「そんなの意味がない」って仰る方もいると思いますが、それはそれでどうぞ。)


だから、広告出したり、イベントしたりして、
本当に付き合いたい患者じゃない人をあつめるよりは、
今来てくださってる患者さんに、
「アナタの歯を守りますよ」と宣言して、
来院する価値を伝えて、高頻度で効率がいいんじゃないかなと。

今日はそういうはなしでした。

以上。


空気を読んで空気のような人間になる

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ども。いしざわよしのりです。
今日は、マイクロソフト日本法人の元社長 成毛眞さんの書籍をご紹介。
その書名は、『大人げない大人になれ


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のっけから引用します。しかも引用の引用まであって、アレなかんじですが、興味がわいたので、ご紹介。


 私にとって「空気」を読んでばかりいる人は、いてもいなくても大差のない、存在感のない人である。他人の顔色ばかり窺う。納得もせず、その場の流れに任せて自らの考えを曲げる。そのような人からは、新たな気づきも得られることはなく、建設的な議論も期待できない。自分を肯定してくれる存在は心地よいかもしれないが、長い目で見れば、付き合うことに価値があるとは思われないのである。

この↑文章を読んだとき、思ったんです。

「自分は他人と一緒にいて、何をする・成し遂げるべきだろう?」と。
空気を読んで、空気のような存在になるならば、それはもはや多数決の頭数にしかならない、とも書かれてました。たしかに。

組織とか、何かしらのコミュニティにいる限りは、なにか自分だけが発揮できる価値がないと、それはただCO2を吐き出す生命体でしかないわけで。

と考えると、気を使って迎合したり、何も言わなかったりするよりは、「こういう考えはどうでしょうか?」とかいう示唆くらいはアリだと思うんです。

言うだけタダですから。(ま、あんまり的外れだと、頭がヨワい人だと思われるリスクはありますがね・・・)

むしろ、尖ったことを言い、それに対するリアクション(論理的に弱い部分や不足している部分に対する
ツッコミ)がフィードバックになって、ならばこうしましょうとか、代案はコレだよね、とか次に進めるようになるわけですね。

それがもし、他の人に対する気づきにつながるとしたら、価値につながるかもしれない。

このヒット率を上げるためにも、流されるんではなく主体的に考え、体験し、
それを自分視点だけでなく別な視点からも解釈して、
アウトプットし続けるってことが必要なんではないでしょうか?


そもそも、アウトプットに対する他人からのリアクションを恐れない。リアクションを受け止める姿勢が必要なのかなと。

空気を読んで消極的になるってことは、自分が行うアウトプットに責任をもてないってこと。

じゃ、たくさんインプットして、とりあえずでもいいからそれをアウトプットしてみて、
それに対するツッコミを受け入れて(これもインプット)、じゃ、こうなんじゃないかともう一回考えてみる。

そんなふうに成長していけるんじゃないかなと思うわけです。


そういえば、同じテーマに関して、こんなこともかかれてました。

「空気」に関する研究としては、『日本人とユダヤ人』(山本書店)の著者として有名な、山本七平の『「空気」の研究』(文春文庫)がある。山本によると、「空気」による支配が日本人の間で猛威を振るいだしたのは、近代進行期であるとされている。徳川時代と明治初期には、少なくとも指導者には、「空気」に支配されることを恥と考える一面もあったという。人間とは、「空気」に支配されてはならない存在であるという考えが、確かにあったのだ。

なんとなく自分の思い込みだったのかもしれませんけど、昔の人ってもっと空気を読みまくっていたのかなと思ってたんですが、そうじゃない。この空気を読むという空気も、作られたものだったのかもしれませんね。

そういう意味で言うと、昨年末までやってたNHKドラマ『坂の上の雲』では、主人公たちが、自分で学び、そこから自分のあり方を探りながら、行動を吐き出していった姿が描かれていました。
誰かを気遣うことはあっても、迎合はしない。
それぞれが、それぞれにやりたいことを学び、実践していった。そんなバイタリティあふれる物語だった気がします。
(第二部が2010年12月開始ってどーいうことだよと思いましたがね)。


久々のエントリでこんなことを書いてみましたが。
少なくとも、自分は空気みたいな人間になるよりは、小さくても人に何か痕跡とか影響を与えられる人になりたいですね。

そっちの方がオモシロそうですし。

テレスコープ、紅白デビュー。

ども。いしざわよしのりです。

今日、ウチの社員から、こんな写真をもらいました。

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これ、こないだの紅白歌合戦の写真です。

FUNKY MONKEY BABYSが、がんばるお父さんってテーマで歌ってるときの写真なんですが、
バックに映されてる映像をみてください。

なんと!!歯医者さんがテレスコープを跳ね上げながら、患者さんに説明してるじゃないですかっ!!

すごいですね!!

紅白歌合戦デビュー。

やっぱりこっちのほうが、プロっぽい。


今年の仕事始めはこの話でもちきりでした。


いやしかし。気づいたのは我々サージテルチームだけじゃなかったみたいです。
SurgiTelを使ってる先生も、「あれ見た?」って言ってましたね。
やー、よく気づきました。

昨年は、他の番組でもSurgiTelが出てて、
そろそろ、テレスコープ標準装備の時代になってきたんじゃないかなと思えてきますね。

今年も拡大精密治療を普及していこうというモチベーションになります。


えー…しかし。ここからは余談ですが。
残念ながら私は『笑ってはいけないホテルマン』を
ゲラゲラ笑いながら見てましたので、この話題にはついていけず。。。
まめしぼりの会、会長の生ミント中ジョッキは、ヤバかったな。
ジミーさんも相変わらずでしたね。

感性は育つ。だから育てていきましょう。

ども。いしざわよしのりです。

今日のテーマは、「感性を育てる」話です。


サージテル・ユーザの先生方とお話していると、よく言われることがあります。
「最近、これじゃ物足りなくなってきてね」と。

早い人だと、半年もすると、こんなふうに言われてしまいます。
で、「なんでかなぁ」と。ずっと不思議だったんですね。

よくよく話を聞いてみると、
「前は、この倍率で、じゅうぶん!!大満足!!って思ってた。
んで、慣れてくると、ココ!ココ!これがもう少し見えたらな~って思っちゃうんだよね」

「形成してるときとか、うす~く残ってる感染エナメル質がちゃんと目視できて、キレイに除去できたらな~、なんて思っちゃうんですよね。って考えると、倍率が足りないんですよ」
(ってこれは、相当高倍率の方の話ですが)


別に見えてないワケじゃない。明らかに肉眼の限界は超えてますから。
でも、「もうあと一歩!!」と感じるそうです。

聞けば、もちろん、視力は下がっていないと。
「見えない」んじゃなくて、「もっと見たい」。
「もっと見える術野で、精確に、自分のイメージどおりの仕事がしたい」と。

ここでようやく今日のテーマに入るのですが、
こうおっしゃる先生方は、たぶん、
術野のクリアさとか、情報の精密さに対する評価基準が
上がってしまったのではないかなと。

求めるもののレベルが上がってる、と言い換えることも出来るかもしれませんね。


そんなこと考えてたら、ちょうどいい本がありました。
その本はこれ。

「買いたい!」のスイッチを押す方法 ―消費者の心と行動を読み解く 小阪裕司(著)
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===
人の感性は固定しておらず、変化していく。なぜなら脳は、自分の体験や学習を通じて入力された情報に呼応して、変化していくようにできているからだ。だからこそ、作り手・売り手側からのエデュケーションが必要なのである。

(中略)

安い物を大量生産すれば、たしかにお客さんにとってモノは買いやすくなる。そのことを否定していないが、それ一辺倒では、消費者はさまざまなものやサービスの違いを感じ取ることができないだろう。消費感性が育たないわけだ。
モノづくりに携わる人、その売り手、もちろんサービス業の方々も、お客さんの感性を育成していく必要があると、私は思う。作り手・売り手としてのレベルを高め、その価値をわかりやすく表現して、あるいはさまざまな機会に五感で感じてもらい、欲望のエデュケーションを図っていくのである。
===

ようは、動機付けを通して、いかに、「それっていいかも!!」とか「もっと見たい」と思える感性をもってもらえるかということなんでしょうか?これは、提案活動を通して行われることもあれば、商材を使用していただいて、自動的に行われることもあります。
(冒頭の例は、自動的にお客さんの感性が上がったという例ですね)


おそらく冒頭の先生は、サージテルを導入した当初では考えられない領域にいっているはずです。
「もっと」なんて、思いもしなかったのではないでしょうか?
拡大術野による治療によって、自分の体験が書き換わり、そして見えるから、「こんなふうにしたい」という求めるレベルが向上し、結果、感性がどんどん上がっていったのではないかと。

ちょっと話はそれますが、「ペイズリー」という模様があります。

こんなデザインです。
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社会人になった当時、このペイズリーのタイを身につけるなんてありえないなって思ってました。

でも、自分の脳が書き換わった瞬間を今でも覚えてるのですが、
数年前、アパレル雑誌を見ていたときのことです。

ペイズリー・タイがドレス感を引き立たせる

みたいなことが書かれてて、しかもその写真がイケてたわけです。
「ありかも」って思った瞬間です。

それまでは、「なんでこんなキモチワルイ柄を」って思っていたのが、
「なんかドレッシーな感じがする」に変わったんです。

趣味が変わったというよりは、趣味の範囲が広がったという感覚ですね。


そういえば、上の書籍にはこんなことも書かれていました。



===
新しい情報に反応してドーパミンが出されることが、強烈な満足感の核心であり、それが動機のシステムをスタートさせる。
===


この情報とは、文字情報だけではありません。
五感を使って得られる「刺激」情報の全てです。つまり視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚ですね。
それが、私たちの感性を刺激すると。

そして感性が刺激され、動機のシステムが発動するとき、まさに自分は「自分の未来」を想像します。
(ペイズリー・タイのときは、想像というより妄想でしたが...)


この書籍では、「モノを買う」という行為は、


===
単に「未来」ではなく、「予期せぬ新しい」、そしてもちろん自分にとってお気に入りの「未来の自分」を買ったのだ。
===

としています。

そういえば、私も以前にこんなエントリを書きました。
明るい未来


この「未来を買う」という行為が、強烈な満足感の核心であるということ。
ここがポイントだと思うんです。


極端かも知れませんが、治療行為やメインテナンスをサービスととらえると、
先生方や衛生士さんたちの新しい提案が、どれだけ満足を与えられるかということにも気づきます。


相手(顧客・患者)は、予期せぬ新しい「自分の未来」を待っている。
しかし、そのままの状態では、新しい情報を受取れるだけの感性が育っていない。
だから、情報提供や提案や、五感を通した刺激によって、感性を育てていく。

ということなんですね。


つまり、サービス提供者の私たち(もしくは医療従事者のみなさんも)は、「売る」のが仕事なのではなく、顧客の感性を育てるのが仕事なんだなと、少し夢のある話を語ってみました。

謹賀新年。目標達成のために環境を整えましょう!

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あけましておめでとうございます。

サクっと年が明けましたね。2010年の始まりです。


今年はどんな年にしようかと考えておりますが、皆様はいかがでしょう?


ちょっと今年の目標を考える前に、とりあげたいことがあります。


「人は環境によってつくられる」


という言葉ですが、よく聞きますよね?

目標設定をするのにちょうどいいこの時期なので、あえてこの話題です。


今年一年をどんな年にしようかと、思い描いたり、紙に書き出したり、妄想したりと、あれこれしたくなりますが、じゃ、どうやって実現するんだ?というところがスッポリ抜けてたりするものですから。

目標とかを妄想してそれでおなかいっぱいになってしまうこと、ありませんか(私だけ?)

目標を設定するからには、それを実現できる環境が必要だと。
去年と同じ環境だと、実は何にも変わらないんじゃないか?と思うわけです。


前も引用しましたが、大前研一さんの言葉にこんなのがあります。

自分が変わるために
・時間配分を変える
・環境を変える
・付き合う人を変える
最も無意味なのは「決意を新たにすることだ」

この時期、「決意」したくなる衝動に駆られます。

それで、ついつい「決意」しちゃうんです。
じゃ、全ての目標を達成したかというと、年末にはその目標すら忘却の彼方に...というサムい事態になってたなんてこともあるわけです。


ちなみに、調査結果によると、8割もの人が、新年の目標達成が出来ていないようなのです。
英ハートフォードシャー大学で心理学を研究するリチャード・ワイズマン教授という人の調査結果が出てましたので、参考にどうぞ。
http://www.narinari.com/Nd/20091212849.html


目標設定は超・超・大事ですけど、本来は、目標設定のあとに、達成を可能にするような環境づくりを考えるべきなんです。


その目標を達成するために、今日から何をはじめる?
なにか習慣を変えるの?
毎日のタスクのなかに、新しいルーティンワークを組み込むの?

とか。

ちなみに、極端な例ですが、環境を変えることってのは、人の行動に対して、かなりインパクトがあるようです。

●80年代のNYで実践された、ブロークンウィンドウ理論 アメリカの犯罪学者ジョージ・ケリングが考案した。「建物の窓が壊れているのを放置すると、誰も注意を払っていないという象徴になり、やがて他の窓もまもなく全て壊される」との考え方からこの名がある。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%B2%E3%82%8C%E7%AA%93%E7%90%86%E8%AB%96


例えば、80年代NY。年間60万件の重犯罪が起こってしまうという治安崩壊の状況を、
取締りの強化という方法ではなく、
地下鉄の落書きをカンペキにきれいにすることで、犯罪数の現象につなげた。
という事例です。詳しく知りたい方は、上のリンクに詳細があります。

「環境」というと、すごく大げさに聞こえますが、
別に、模様替えをしようとか、イメチェンのために洋服一式総とっかえしましょとかいう話ではありません。(それも手のひとつですが)


要は、頭の中にどんなインプットをするか?脳に、どんな情報シャワーを浴びせるか?
ということもアリだと考えるわけです。


「自分の意識」以外は、自分に対する「刺激情報」です。
部屋の壁の色、家具、電球の色味、落書き、ゴミの入っている放置自転車、付き合う人、という外部環境だけではなく、(意識以外の)自分の体も環境なわけです。


例えば、髪型、服装、使う道具、履いてる靴、鞄、めがね、(女性ならネイルも?)。

しかも、この「刺激情報」には「言葉」も含まれるはずです。
毎日見るニュース、ブログ、職場で聞く言葉、同僚の話す言葉、自分の話す言葉。


こういうものを変えることで、自分の意識・無意識に変化がおこり、行動が変わる。
それが目標達成とおんなじベクトルにあったら、そりゃ達成できるんではないかと。


たとえば。。。

自分の言葉遣いを変える。
ネガティブなことばっかり言うひととは、ちょっと距離を置いてみて、ポジティブ人間と付き合ってみる。
自分もポジティブなことばかりを言う
今まであんまり興味の無かった国際政治ニュースのRSS購読をしてみる。
もっと詳細な視覚情報を取り入れるために高倍率SurgiTelにアップグレードしてみる(笑)


ま、こんなささいなことでも良いかもしれません。
ちなみに、「RSSで購読するブログの種類を変える」というのは、脳に対して相当なインパクトがあります。
去年は身をもってその効果を実感しました。アンテナの張り方が変わります。自分の興味の範囲が広がります。ぜひお試しを。
興味なんていくつあってもだいじょぶみたいです。うまい具合に脳ミソさんが処理してくれるんですよねー。


てことで、これから目標設定をされるみなさんも、
どんな環境に身を置こうかというところまで、
思いをめぐらせてみましょう(お試し感覚で)。

きっとすばらしい一年を送れるはずです。

では、今年も一年、宜しくお願いします。